完食が基本の話

テレビドラマとかの夕食の食卓シーンで主人公の女学生が飯を半分ぐらい残して「…ごちそうさま」母「えッ!?もういいの?」(主人公の内面を表すシーン)という場面を見かけるが、信じられない。俺の家では絶対そんな事はなかった。どれだけ家庭内がピリピリしてても茶碗によそわれた飯と味噌汁(具、常に多量)は、食欲がなくても無理して全部食った。俺は男三人兄弟の末っ子だが兄二人も誰ひとり残さなかった。どんなにまずくても。実家では暗黙のうちに「飯を残さない」という不文律が成り立っていた。さらに我が実家では「家族全員そろってから食事(塾、親父の残業を除く)」「食中のテレビはNHK(土日は除く)のみ」という厳格なルールもあった。親と兄が喧嘩してて嫌ぁな嫌ぁ〜な雰囲気のなか一触即発の食卓では、味覚の鈍った舌で掻っ込むようにして飯を食った。まずくても。味云々の問題じゃなかった。さっさとその場を抜け出したかった。実家ではそんな食事が多かった。
すっかり「完食が基本」が身についていたため俺は「飯を残す」という概念がなった。給食で残してる奴がいるのは当時の俺としては謎だった。なんせ概念がない。だが小学生の時『フルーツスープ』というホカホカの蜜柑とか入った激マズ(賛否両論)のスープが出て給食を残した記憶がある。このとき俺は密かな罪悪感を感じた――「飯を、残してしまった!」たぶん給食を残したのはそのときが初めて(小4か小5)だと思う。そこで「残すのも・まあ有り」を学んだ俺は、それ以後まあちょいちょい嫌いなメニューや食欲がない時は残したりしたが基本的に完食していた。もちろん実家では有無もなく完食していた。なんせ不文律。
高校のころ、両親と異常に量の多い中華料理屋で外食して、泣く泣く完食したが駐車場で吐いた経験がある。数年前、兄貴と飯を食いに行って大量にオーダーしてしまったが、全部食い、やはり駐車場で吐いた経験もある。とにかくまあ出された物は無理してでも食った。 それで謎なのが、飲食店で皿洗いのバイトをしてた時、飯を残す客が多いことに驚いた。残すぐらいなら外食すんなよ。残すぐらいなら外食すんじゃねーーー!!死ねーーーーーッ!!(by画太郎先生)だし、中にはほとんど手を付けず残す客もいるし(死ねーーーーーッ!!)、海原雄山だってもうちょっと食うだろうに。俺に言わせれば外食してまで飯を残すのはキチガイである。ちょっとした「まずい」は理由にならない。嫌でもぜんぶ食って、駐車場で吐きやがれ。