死んだ亀の話

思い出すたびにわからなくなる過去の話がある。幼稚園にはいる前、両親が共働きだったので日中は祖父母の家で過ごしていた。午前中は至近距離で教育テレビを見ていた。毎日だ。俺の目が悪い一因はここにあると思う。当時の俺はテレビにチャンネルがあるとも知らず延々教育テレビを見ていた。夢中で教育テレビだけを。午前はこれで終わる。内容もほとんど理解してなかったんじゃねえかと思う。しかし日課だ。祖父母との会話はない。昼飯が終わるとなぜか祖父と相撲をとる。畳2畳から出たら負けだ。祖父はだいたい負けてくれる。祖父はもういない。話した記憶がほとんどない。午後は小遣いの百円を貰って隣の雑貨屋に行く。ここには唯一の友人にして同年代の女の子がいるが、彼女は保育園に行っていて午前中は居ないし午後も居たり居なかったりする。だが俺は毎日足繁く通う。なんたって毎日百円貰っているし使い道はこの店でしかない。ビックリマンやらガムやらジャイアントコーンを買う。ここのおばちゃんももういない。午後の記憶は曖昧だ。雑貨屋の女の子と遊んで
いたのは確かだが毎日毎日なにしていたのか。会話の記憶が全くない。なんだか怖い。話がおもくそ脱線したがまあ当時の俺の生活環境はこのような様だ。それで亀の話だ。祖父母宅では水槽で10センチぐらいの亀を飼っていた。その水槽を庭に置いていた。水槽には蓋がついていた。蓋には鍵などなく横にスライドすれば簡単にとれる一枚の透明プラッチックだ。俺はたまに亀をいじったり水槽から出して遊んでいた。だが頻繁にではない。なんせ亀はつまらない。動きは遅いし単調だし。触ると手ぇ臭っさくなるし。だが曖昧で長い昼間から退屈な俺を緩慢に救ってくれた亀もまた事実だ。その名もなき亀なのだが、ある日とつぜん家の前の道路で車に轢かれて死んでいた。これが謎だ。昼食と相撲の恒例日課の直後に発見したのだ。その日おれは亀に触った記憶がないし、亀が蓋付き水槽から出たとも思えない。その日は蓋が開いていたとしても亀は亀だから水槽からは出られない。いわば密室水槽から5メートルぐらい離れた家の前で潰れて死んでいたのだ。謎だ。死因は轢死。誰が
亀を移動させたのか。俺にアリバイはないが亀を庭の外に出すことは考えられない。祖父母も亀を水槽から出すことはない。雑貨屋の女の子は保育園にいてアリバイがある。ではどうして亀は死んだのだ。その当時は俺には内緒にしていただろうが祖父母も両親もきっと俺を疑っていたに違いない。俺は意に介さなかったが。なんせ俺にはアリバイがないし子供だし。だが俺ではない。あまりにも亀の死が衝撃的だったため記憶は封印した可能性もないではないがたぶんない。だってあの日は亀に触った記憶がない。では誰が憐れなる亀を家の前の道路に連れ出し死に導いたのか。昼日中に起きた惨劇の犯人とは?二十年ばかりこの疑問を一人悶々と考えてきたが、はっと閃いた。たぶん、猫か鴉だ。