名文機構7

休む事ない暗い怒りは、ますます烈しく彼を駆りたてる。何かを憎悪していなければ生きていられなくなっていた。
犯罪、特に殺人には生命の昇華がある。
それを守るためには全力をおしまぬ人命を、あらゆる捜査の目をくらます巧みな方法で、冷静に奪いさる行為には一種の非情美がある。
物心ついた時には戦争の真只中にあり、自己を掴む間も無く、慣れっこになるほど死人を見て来た彼には、他人の生命は少しも特別な価値を持たなかった。
彼には大戦によって失うべき自己の幻さえもほとんど持っていず、ただそれによって醜い傷だけを負った最後の生残りなのだ。
それに無論、金の魅力がある。
自分以外に頼りになるのは、金と武器だけだ。金で買えない物に、ろくな物はない。
稼げるチャンスがある間に稼ぎまくるのだ。そのため誰が死のうと知った事でない。
アパートを借りる金は、家の金庫から株券を持ち出し、処理して使った。
歯車はきりきりと音をたてて廻り始め、加速度に乗って轟々と回転した。
それを止めるには死の威嚇も非力である。

大藪春彦野獣死すべし』より