プール・タイガー

自宅の窓から駐車場をぼうっと眺めていると植え込みからのそりと一匹の虎が姿を現した。あっ!思わず小声で叫んでしまう。水色にオレンジ縞のプール・タイガーだ!こうして野性のタイガーを見るのは何年ぶりだろう。小学生の頃はよく見かけたが年を追うごとに目撃例は少なくなった。プールの時間になると傍らでタイガーがプールの水をぴちゃぴちゃ飲んでいたりプールあがりの学徒の皮膚を舐めまわす光景は夏の風物詩だった。『虎』一文字で季語になる。タイガーの食物は塩素だ。故に悲劇を招く事となった。最盛期は町中に塩素が溢れ、比例してタイガーの数も多かった。町の人口より虎の方が多く、給食の献立も三日に一度はタイガーだった。タイガーの肉は強烈な塩素の臭いがし、時には食事中に失神する生徒もいたがみな喜んで食べた。タイガー肉は病みつきになる旨さだった。ちなみにタイガーの毛皮の水色はプールで縞のオレンジはコース仕切りブイの擬態である。だがタイガーは水が嫌いなのでプールには入らない。鮮やかな水色とオレンジは非常に目立つし体内で分解
された塩素には蛍光作用があるので闇夜で発光する。そんなタイガーを取り巻く一つの事件が起った。圧倒的な虎数に対し、塩素供給量が圧倒的に足りなくなったのだ。餌を失い飢えたタイガーは薬局を襲い塩素系洗剤を食い荒らした。それにドラッグストアはドラッグで応酬した。タイガーの餌である塩素球にホウ酸を混ぜて町にばらまいたのだ。無色無臭で真珠光沢をもつ鱗片状の結晶で温水に溶解し微弱な酸性を呈するうがい薬・消毒および軟膏製剤として用いるガラス・顔料などの原料となるboric acidこと硼酸を!タイガーにとって猛毒である硼酸を!哀れなタイガーの大半はその硼酸塩素球により命を落とした。そして残ったタイガー達は苛烈な飢餓により、なんと共食いを始めたのだ。タイガーそのものが強烈な塩素臭のため血と塩素に飢えたタイガーはタイガーどうしで喰らい合い、その数は激減したのだ。そして現在、私の眼下に一頭のプール・タイガーがいる。すると見る間に植え込みからさらに数頭のタイガーが姿を見せ、ぞろぞろ出てきて総勢17頭にもなった
。そこで私は即座に一頭を狙い定めライフルでズドン。十数年ぶりのタイガーの麻薬的な旨味が口中を満たす事を想い、涎を抑えつつ虎を回収しに足早に階段を降りる。