片っぽう

いくらかでも侘しさを繕う糧になればよかれと思い、スリッパ内部でコオロギを飼い始めたのは私が嫁入り前のことでした。大叔父様から頂戴した片っぽうだけのビニールスリッパは履き潰されところどころ繕われ擦り切れ汚れてはいましたが、半世紀を経た今なお凜とした輝きを失ってはおらずがらくた箱の底いらで息を潜めて眠っていたのです。私は周囲の目を気にし、幾分か昂揚した気分を悟られぬよういそいそと軽い腕まくりを済ませると用水路脇の草むした荒れ野へコオロギを捕まえに歩を弾ませました。うようよ群れをなすコオロギは目前を素早く颯爽と飛び回り私を翻弄し、その日は一匹をも捕えること適わずとぼりとぼりと帰途につくのでした。翌日は捕獲網を持参したことから大いなる収穫があり、スリッパ内部がコオロギで埋め尽くされ飽きなく眺めておりますと、ぎちぎちに押し込まれたコオロギが徐々に弱り一匹また一匹と命尽きてゆき、嫁入り前の無知な私は処置の仕様もなくおろおろと狼狽し、朝明け時には総ての羽虫が死に絶えスリッパを前にただただ私は落涙する
ばかりでした。死んだ原因がさっぱり分からぬまま翌日もコオロギを捕えようと用水路脇へ歩を進めている半ば、ふと思い当たる所があり、もと来た道を引き返しお茶会に出向いたのでした。了