させ丸

させ丸は、させてくれる。殿の頼みなら、たいがい何でもさせてくれるし、してくれる。殿が「させ丸よ、馬になれ!」と言えば馬になって走るし(その脚力は実際の馬と比べまるで遜色ない)、殿が「『馬』という漢字の成り立ちを教えよ!」と言えば教えてくれる(慣用句・蘊蓄などを適度に交えて)。そんな殿の厳命を受けた際、させ丸は決まってこう返すのである。「そうはさせ丸!」それで、させてくれる。とても頼りになる、なんとも頼もしい男、それが、させ丸である。 あくる日、耳の早い殿がさせ丸に向かってこんな事を言った。「させ丸よ、なんでも巷の噂では南蛮渡来の洋菓子とやらは非常に美味だそうな。しかし品薄で次の入荷は来年と聞いておる。そこでさせ丸よ、その南蛮渡来の洋菓子とやらを何としても手に入れてくれぬか?」させ丸「そうはさせ丸!」と言い終わるとともに、させ丸の姿は忽然と消えていた。すると次の瞬間、消えたはずのさせ丸が元の場所に!しかもその手には大量の紙袋が!「ぬぅ!早かったなさせ丸よ!」と殿。する
とさせ丸「時間を越えまして候ふ」殿「ぬぅ!なんとも!では早速、南蛮渡来の洋菓子を献上せよ」「御意」と申すとさせ丸、紙袋から次々と様々な洋菓子を取出し並べてゆきます。すべて並べ終わると「殿より向かって右よりテヰラミスー、ショコラー、チヰズタルトー、ミルフィユー、マドレヰヌー、モンブ・ラン、レアクリヰムチヰズ…」そのほか目にも鮮やか、華やかな果実の乗った名前もわからぬ洋菓子の数々。殿「もうよいわ!させ丸よ、ご苦労だった」させ丸「ではこれにて…」どうにもぎこちない緩慢な動作でのろのろ立ち上がるさせ丸。すると殿「待つがよいさせ丸。そなた何か隠しておろう?妙に胸元や腰周りが不自然に脹らんでおるぞ!中を見せい!」その言葉に仰天したさせ丸、拍子に腰帯がほどけ、懐に隠し持っていた、大量の汗で湿ったヱックレアが床に転がり落ちます。「ぬぅ!やはり!それも置いてゆけ!さっさと帰れ!」と殿。事が済むと、急に冷たくなってしまう殿。ヱックレア喪失にがっくりとうなだれ、退室するさせ丸。しかし部屋を出た途端、にやりと
口元を歪めるさせ丸。なんとさせ丸は、まだ献上品を隠し持っていたのです!いわばヱックレアは殿の目を誤魔化すフェイク。案外ちゃっかり者のさせ丸!着物の懐ポケットにそっと手をやるさせ丸。しかしそこにあるはずの物がありません。「!?」事態を飲み込めず、あたふた困惑するさせ丸。胸元にはべたべたする謎の染み…。そうです、させ丸がこっそり内ポケットに隠していた『花畑牧場キャラメル』は、させ丸の体温で融けてしまっていたのです。事態を理解したさせ丸の瞳には、うっすらと涙が滲んでおったそうな。 涙など 俺は流さぬ そうはさせ丸