UFOか何か

昼飯を食べて、外に出た直後だった。子供の頃、近所に住む同い年のヒトミちゃんという子とよく遊んでいた。昼飯を食べて、外に出た直後、同時に外へ出てきたヒトミちゃんが言った。「いま、なにか音がした!」今となっては音を聞いたかどうか忘れてしまったが、ヒトミちゃんはえらく興奮して「あっちの方でした!」と、そっち方向を指差していたのは覚えている。その日のヒトミちゃんの服装がピンク無地のワンピースの上に、なぜか革のベルトを巻いていたのも覚えている。「行こう!きっとユーフォーかなにかだ!」それから私は走るヒトミちゃんを追って走った。走りながらもヒトミちゃんは「きっとユーフォーかなにかだ!きっとユーフォーかなにかだ!」と叫んでいた。当時UFOを知らなかった私は、後を追って走りながら「ゆーふぉーってなに?」と尋ねたが、我を忘れて絶叫する「ユーフォーかなにかだ!」にかき消されて無視されてしまった。意味もわからぬまま私も真似して「ゆーふぉーかなにかだ!」を連発しながら走った。ゆーふぉーって何だ?と思いながら
。ふたりで叫びながら、どぶ川沿いを延々走ったところで「近い!」と言ってヒトミちゃんが急に止まった。止まった後も私は全力で叫び続けていた。「ゆーふぉーかなにかだ!ゆーふぉーか…」「うるさい!この近くだ!」そこは数日前に家が壊された空き地だった。「あっっ!」と叫んでヒトミちゃんが指差した所に、何かある。影になっててわかりづらいが、何か。地面がへこんで、暗くなっている。「水だ!池だ!」近づいて見てみると、それは水溜まりだった。暗くて底は見えないが、子供用プールぐらいの大きさの水溜まりがあった。「この下に、ユーフォーが沈んでいる!助けなきゃ!」と言ってヒトミちゃんはいきなり水溜まりにダイブした。ヒトミちゃんは全身沈み、私はどきどきしながらじっと見守っていた。少し待ったが、ときどき泡ぶくが上がってくるだけで水溜まりの水面はずっと静かだった。黙って待っているとだんだん私も不安になり、小声でおまじないの様に「きっとゆーふぉーかなにかだ、きっと…」と繰り返していた。水面をじっと見ていると、何か小さな魚
のような影がちらちら見えたが、ヒトミちゃんは一向に浮かんでこなかった。そのうち不安になり、堪らず私は大声で泣きだしてしまい、見かねた付近の大人に送られて泣きながら家に帰った。 その後の事情は詳しくはわからないが、その日の夜、ヒトミちゃんは全身ずぶ濡れになって帰って来たらしい。なぜか腰に巻いた革ベルトはなくしたそうだ。 翌日いつも通りヒトミちゃんに会い、何事もなくいつもと同じ調子で「昨日は楽しかったねー」と言ったので私は黙ってうなずいた。遊び終わって別れ際、ヒトミちゃんが「じゃあまた昨日会おうねー」と言った。昨日。それ以後ヒトミちゃんは毎日、ずっと昨日を生き続けている。 【原題:今を失った女】