名文紀行37

●「現在」とは自分のことです。

わたしは、あるところで、小説について、なにかをいおうとするなら、「全文」を引用しなければならない、と書きました。
/ひとつの小説は、まさに、全体でひとつの作品であり、それを論じるなら、そのすべてを、相手に示す必要があります。そして、それは、不可能なのです。
だから、わたしの考えでは、小説についてきちんと正確に論じることは不可能だということになります。あるいは、もっと他の方法を採用するしかないのです。たとえば、別の小説を書いてみる、といった具合にです。
●「歴史」というものは、鑑賞するために壁にかけられた絵ではありません。なんというか、それを使って、誰も考えたことのないヘンテコなものを作りだせるオモチャみたいなものではないでしょうか。いや、そうであるべきなのです。
もちろん、そんなことを、立派な大人はしたりはしません。
――高橋源一郎『大人にはわからない日本文学史』より