名文紀行40

●昔カバン持ちをしている頃、僕の師匠の三遊亭楽太郎が「俺さ、ステーキとか食っても贅沢してるって充実感は湧かないんだけど、吉野家の牛丼の大盛りに玉子乗せて、その上に牛皿の大盛り乗せると『罰当たりなくらい贅沢してる』って思うんだよね。1000円くらいのもんなのに」っていったのを聞いた時「この人のいってること正しい」って思った。
●すき焼きのつけだれとしての生卵も好きだし、フィニッシュにはすき焼きの汁と、豆腐のかけらや肉の断片、白滝の沈んだ生卵をご飯にかけて食べる。実に旨いと思う。仕事先の人間とすき焼きを同席した時に、あれを当たり前に残す人を見ると、「ああこの人とは最後のところでわかりあえないな」と思う。
●その昔、香港で購入した漢方の痩せ薬は凄かった。怪しげな薬局の親父が「あなただけに」と奥から持ってきた小瓶に入った1cmほどの大粒な丸薬、手製のラベルに『痩』とだけ書いてあり、正確な値段は忘れたが3、4万円と馬鹿高。
親父曰く「毎回食前に3粒よく噛んで飲め」とのこと。早速夕飯の時にホテルで試そうとしたところ、フタを開けた途端これの臭いのなんの。薬臭いのではない、完全にうんこ臭いのだ。というより『うんこを丸めたもの』以外に似た物を考えつかないこの丸薬。噛むなんてとんでもない、手に持っているだけでトイレでもどした。勿論夕飯どころじゃない。ある意味「効き目は最高」だったが、これを毎回良く噛んで飲めるのならば3万も4万も出さないで、小さなタッパーにうんこを入れて持ち歩けばいい。結局ホテルで捨てました。
谷村新司氏の「持ちネタ」で凄いのがある。
ある青年が、一人暮らしのアパートの一室でやることもなくぼけっとしていたら、ふと机の上にあった単三乾電池に目が行った。暇をもて余しているうえに、何事にも好奇心旺盛なその青年、ふと「この乾電池は、肛門に入るだろうか」という疑問が湧き、即検証と相成った。ズボンとパンツを脱ぎ捨て下半身をあらわにした青年が肛門に乾電池をあてがってみると、これが面白いくらいにフィット感がある。
「これは面白い」と、ちょいとばかり力を入れたその時、シュッと乾電池が肛門に吸い込まれてしまったからさあ大変。焦れば焦るほど奥へ奥へと入っていく電池。それはもう焦りに焦った青年だったが、そのうち片足をチャブ台の上に乗せてリラックスするとゆっくり戻ってくることに気づいた。しかし、乾電池の頭が顔を出したところで先っぽをつかもうとすると変に力が入ってまた奥へ入ってしまう。
こうなれば持久戦とばかりに目をつぶって全身の力を抜いていると、しばらくして乾電池が床にコロンと落ちた。青年がほっと一安心して目を開けると、そこに青年の彼女が青ざめた顔で立っていた。腸内探査船乾電池号帰還の一部始終を見て、完全に引いている彼女に対し青年がいった言い訳が「…今まで黙ってたけど…お、おれ…ロボットなんだ」。
――伊集院光『のはなし 〜イヌの巻・キジの巻〜』より