名文紀行42

●「これはぼくの回避療法に反している」
「回避療法?」
「どんな犠牲を払っても、病院を避けることだ」
●待合室の長椅子で眠りこんで、吉報がもたらされる夢を見ているうちに、願望充足ファンタジイのメッキが剥げて嘲笑的な悪意ある笑劇に変わっていき、滑稽なほど楽天的だったあたしを罰しているんだと。
●「あんたの神とあたしの神は、共通点があまりないね」
「おまえの神だと!」ショウクロスは吐き捨てるようにいった。
「それって、あたしに神をもつ資格がないってこと?そりゃ失礼。国連憲章のどっかに書いてあると思ったけどな。だれもがその人自身の神とともに生まれるけど、生きてくうちに神を捨てたりなくしたりしたら、ただではとりかえがきかない、みたいなことが」
「さて、罰当たりなのはだれだね?」
女は肩をすくめた。「まあ、あたしの神はまだ機能してるけど、あんたのはちょっと災害っぽい感じ。あたしのは世界のすべての問題をとり除いてはくれないけど、少なくとも逆の極端に走って事態を悪化させはしない」
――グレッグ・イーガン(訳・山岸真)『しあわせの理由』より