名文紀行45

●疑問符が導火線に変わった。そいつの火の行き先は、どうやら、おれ。
●心臓が五つ六つ、まとめて打った。
●おれは昨日のコーヒーを、わかしなおして、胃の中に送り込んだ。今の気分とそっくりの味がした。熱いだけが取り柄だ。
●皿のステーキに胃の中のものをぶちまけちまった。/「どうなさいました?」/「新しい健康法さ」/「どういうことで?」/「知らないのか?食う前に胃液をぶっかけると消化にいいんだそうだ。流行らしい」
●ハーケンを打ち込む割れ目さえなさそうな返事だった。
●逃げるな!そいつが奴の口癖だった。
おれが、この商売をやっているのは、彼のおかげだ。たぶん、逃げ遅れてしまったのだ。今さら、他の仕事に就けるわけもない。
●「おれは悲しまなきゃならないのか?」
「その必要はない。自分のことを悲しんだ方がいいな」
●百メートルを九秒台で走り抜けるランナーでも、逃げ切れないものがある。
すべてのボディ・ガードを雇うほどの金を持っていても、やはり逃げ切れないものがある。
死神というやつだ。
――鏡明『不確定世界の探偵物語』より