名文紀行49

アキレスが亀に、光速とは何かを説明している。光速っていうのは光の速度だ。亀は一つ頷いて、速度っていうのは何かと問う。速度っていうのは、距離を時間で割ったものだ。亀はゆっくり頷いて、距離っていうのは何かと問う。距離っていうのは、物差しを添えて計ったものだ。亀は鷹揚に頷いて、物差しっていうのは何かと問う。
この問答は当然どこまでも続くわけだが、亀は、続きは明日にしようと音をあげるアキレスに問う。
「その文章全部を導出できる公理系を見せてもらえないかね」
――円城塔「Beaver Weaver」(編・大森望『NOVA1』)より