バナナとコアラの40億年戦争

その惑星は、沈黙が支配していた。物音もなく、風もなく、沈黙だけがあった。いまバナナとコアラは冷戦状態にあった。お互いむっつり黙りこみ、じっと佇み、沈思黙考していた。考える内容は、たいていお天気のことだ。この惑星は27の恒星に囲まれていた。したがって夜は来ない。二千年に一度も来ない。二千年といっても、この惑星の自転周期は2時間47分だ。ちょっと長めの映画一本分ぐらいの長さで一日が終わる。だが一日の始まりと終わりに境はなく、常に強い陽射しが照りつけるため、液体は存在できず高熱の蒸気が海のない地表を支配していた。超高温超多湿である。ついでに超重力でもある。それでも重力に逆らいバナナは縦に進化した。コアラも負けじと縦に伸びた。ワイド糞くらえ!二生物の関係は往年のレノン・マッカートニーの関係を思わせた。どうだか。そんな惑星を沈黙が貫いていた。もともと二生物にはコミュニケーション能力はおろか、発声器官および意志伝達機能がなかった。だがお互い同士が唯一の糧であるため、殺しあい食らいあった。時
折バナナがコアラに、コアラがバナナに襲い掛かる無言の争いがあるだけで、それ以外はそれぞれじっと佇み、牽制し合っていた。何年も、何年も、ずっとずっと、気の遠くなるような時間、さらに気の遠くなるような時間、たびたび争う音以外、完全に無音だった。 さて、普段コアラは朽ちたバナナの木で生活しているので、陸上に降りる事はまず、ない。地熱がものっすげぇ熱っちい、という理由もある。そんなコアラの一匹の子供が、ある日、熱射病で木から落下した。子供コアラは地面に落ちた衝撃で意識をとり戻し、慣れない四足歩行でよたよたと木に戻ろうと懸命に歩いた、この光景を周囲のコアラは黙って見守り、バナナは震動により状況を悟った。しかし子供コアラは焦る気持ちと人生初歩行という悪条件により、転んだ。しかし周囲は静かだった。子供コアラは立ち上がり、再び歩きはじめると、地面に落ちていたバナナの皮に滑って、転んだ。二度目の転倒にも周囲は沈黙を守った。子供コアラは再度たちあがり、慎重に歩いて木に近づくと、幹に手をかけ登りはじめた。し
かし子供コアラは、バナナ皮のぬるぬるが手裏足裏にべったり付いていることに気付かず、地面に落下した。最初の落下からこの落下まで、その間わずか6秒。かつて経験したことのないハプニングの連続に、いい知れぬ感情がむくむくと子供コアラの胸の内を占め、思わず子供コアラはちょこっと舌を出した。この可愛らしい光景に、周囲のコアラ達は断続的な奇声を発した。敵対するバナナでさえ、筋肉収縮痙攣により身を震わせた。この惑星に初めて『笑い』が起こった瞬間である。