名文紀行18

●昔、オランダの小さな町で、父親が豚を殺すところをその子供たちが見ていて、やがて父親が出かけると早速豚殺しを真似することになりました。兄は弟に、「お前、豚になれ」と言って弟の咽喉をナイフで切り裂きました。悲鳴を聞きつけて母親が飛び出してきました。そしてこの有様を見て逆上し、上の子の手からナイフを奪うが早いか、心臓をひと突きして殺してしまいました。それからはっと我に返って、ついさっきまで盥でお湯を使わせていた赤ん坊のことを思い出しました。行ってみると赤ん坊は盥の中で溺れ死んでいました。母親は半狂乱になって、そのまま首を吊ってしまいました。間もなく帰ってきた父親も家の中の惨事を見て持病の心臓の発作を起し、あっけなくみんなの後を追いました。
●そこへ兎がやってきました。「兎どの、兎どの、お前も狸汁を食っていきやれ」とおばあさんが声をかけると、兎は跳び上がって、「何をぬかすか、この狸婆」と叫び、「じいが婆汁食うた、じいが婆汁食うた」と囃したてました。
――倉橋由美子『大人のための残酷童話』より