名文紀行29

●女、取引き、喧嘩、恐喝と彼等の悪徳が追求される題材は限りが無い。それは決して、若気の至りなどと言うものではないのだ。恐ろしく綿密に企まれた巧妙極まりない罠があった。人々はこれに、唯若年と言う曖昧なヴェールをかぶせ見て見ぬふりをするのだ。
もしも大人達が、自分等の造った世界を壊されまいと後生大事にするなら、彼等が恐れなくてはならぬのは共産党なんぞでは決してない筈だ。が実際はそれを恐れてはならない。彼等はこの乾いた地盤の上に、知らずと自身の手で新しい情操とモラルを生み、そしてその新しきものの内、更に新しい人間が育って行くのではないか。砂漠に渇きながらも誇らかにサボテンの花が咲くように、この乾いた地盤に咲いた花達は、己れの土壌を乾いたと思わぬだけに悲劇的であった。
人々が彼等を非難する土台となす大人達のモラルこそ、実は彼等が激しく嫌悪し、無意識に壊そうとしているものなのだ。彼等は徳と言うものの味気なさと退屈さをいやと言う程知っている。大人達が拡げたと思った世界は、実際には逆に狭められているのだ。彼等はもっと開けっ拡げた生々しい世界を要求する。一体、人間の生のままの感情を、いちいち物に見たてて測るやり方を誰が最初にやり出したのだ。
●裸の上半身にタオルをかけ、離れに上がると彼は障子の外から声を掛けた。
「英子さん」
部屋の英子がこちらを向いた気配に、彼は勃起した陰茎を外から障子に突き立てた。障子は乾いた音をたてて破れ、それを見た英子は読んでいた本を力一杯障子にぶつけたのだ。本は見事、的に当って畳に落ちた。
その瞬間、竜哉は体中が引き締まるような快感を感じた。
●「こんちは、誘いに来たの」
「何に」
「あーら」
●遊戯であるが故に彼等は素晴らしく巧みであった。
●自分に何が起ろうとしているか、克己は知ってもいたし、知りもしなかった。
――石原慎太郎太陽の季節』より