歩調殺法

下ばかり見ながら甲州街道を歩いていると気付かぬ間に背後から見知らぬ男が忍び寄り、私と並んで歩行している。男を見ることもなくじっと目線を歩道にやったまま歩き続けると突如として男は小声で「てく…てく…」とつぶやく。なんだこいつはと思うが男のてくてくという声は続く。じっと下を見ているとそれが自分の足が地面を踏むタイミングと一致することに気づく。しまった、と思ったときには時すでに遅く歩みを止められなくなっている。こ奴、歩調殺法の使い手か!まずい、この先の信号は赤だ。「てく…てく…」ちらと横を見れば男は口元を歪めている。そこで私もにやりと笑う。都合よく信号は青に替わり私は危機を回避する。そして男に告げる「お前はどうやら私の歩調に合わせててくてく言っているようだな」男「ああそうだ。だがそれが判ったところで貴様の運命は変わらない」私「まあそうだろう。だがあんたの運命はどうかな?」男「なんだと?」すると男は私の目線の先に気づき蒼白となる。それは己の足元だった。「そうさ、あんたは私と並んで歩いていたと思
っていただろうが、じつはあんたが私と横並びになった瞬間、私はちょいとスピードを上げてあんたに歩調を合わせた。つまりあんたは私だけじゃなく自分自身にもてくてく暗示をかけちまったってわけさ」男「ぬぅぅ…!!」私「術に溺れたな。そして私のこれからの予定は自殺だ。あいにく心中になりそうだがな」甲州街道を並んで歩く二人の前方は断崖だった。