名文紀行30

ガネーシャの木彫に、こっそり持ち帰った割り箸を供える。
●飯を炊こうと思い付いた。この時ほど米を研ぎたいと思った事はない。
●いかに不完全に見えたとしてもこの女は既にこれで完成体らしい。
●部屋の中で股ぐらに布団を挟み、何度もゴロゴロと転がっているうちに腰の動きが止まらなくなった。射精しそうになり、慌ててズボンとパンツをずり降ろして正座する。
●それにしても文字というのはどうしてこんなに可愛らしいのだろう。
●私は便所の中でトイレットペーパーを引き出した。数メートル引っ張り出した所にボールペンで細かく「直腸癌」という文字を書き付け、形跡が分からないように慎重に巻き取って元に戻した。
●楷書体の几帳面な文字が気に入った。そんな事でも嬉しくなるのは精神が健康な証拠だと思った。
●部屋の便所で大便をした時、ふと自分の出した排泄物をじっと見てみた。これは何だ、と思った。
●何だかどうでもよくなって平然と洗髪を始めた。
――吉村萬壱ハリガネムシ』より