名文紀行34+

QFWFQ2010-04-24

――浅倉久志『ぼくがカンガルーに出会ったころ』より
一九四六年に書かれたドールトン・エドワーズの「キョーシツのオーソード」は、翻訳不可能の、しかも三ページたらずの小品だが、論理的な笑いの極致といえるものではないかと思う。
【文字改革の十ヵ年計画】論文形式で書かれたこの作品は、英語のスペリングの複雑怪奇さから説きおこし、これを簡略化する十ヵ年計画を提案する。まず一年目は、sと発音されるcをぜんぶ発音通りにsに変え、ニ年目はkと発音されるcをkに変える。これでcの活字が不要になり、資源節約にもなって一挙両得だ。三年目、二重子音のphをfに変える。Phonographなどという単語を書くときは、これで二十パーセントも時間を短縮することができる。
この作品の面白さは、提案がそのまま本文の記述に採用されていくところである。その変化のもようをお目にかけるため、英文テキストの一部を図版で入れることにした。
四年目、ss、ttなど同じ文字の重複は、全部一つに略してしまう。五年目、アイと発音されるi、エイと発音されるaを、それぞれ発音通りの表記にする。ついでに、単語の終りにあるサイレントのeは、いらないからとり除く。六年目、長らく使われなかったcの字を、このへんで復活させて、thの代用にするというアイデアが抜群。七年目にはyを全部iに置きかえ、不用になったyを、翌年からshの代用にする……。こうして十年後には、ご覧のように、珍妙きわまる合理的表記の英語が出現するわけである。